大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(ネ)2623号 判決 1987年11月26日

控訴人 株式会社 大德商事

右代表者代表取締役 德山隆一

右訴訟代理人弁護士 山岸文雄

同 山岸哲男

同 山岸美佐子

被控訴人 田口次雄

右訴訟代理人弁護士 葭葉昌司

同 横溝高至

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  (主位的請求)

被控訴人は控訴人に対し、林虎雄(以下「虎雄」という。)のため、別紙第一目録記載の土地建物(以下「本件物件」という。)についてした別紙第二目録記載(二)、(三)の各登記(以下「本件(二)(三)登記」という。)の抹消登記手続をせよ。

(予備的請求)

(一) 虎雄と被控訴人との間で本件物件につき締結された昭和四七年八月一四日付代物弁済予約及び同年九月二八日付抵当権設定契約並びに昭和四九年七月二六日付代物弁済契約を、いずれも取り消す。

(二) 被控訴人は控訴人に対し、虎雄のため、本件物件につき別紙第二目録記載の各登記(以下「本件各登記」という。)の抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文第一項と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  主位的請求原因

(一) 控訴人の虎雄に対する債権

(1) 控訴人は、株式会社林工務店(以下「林工務店」という。)の専務取締役である林久(以下「久」という。)の依頼により、同人が代表権を有するものと信じ、同人に対し、昭和四六年一一月四日一〇〇〇万円、同年一二月一〇日一〇〇〇万円、昭和四七年四月五日一〇〇〇万円、同年四月一五日及び同年六月二日各五〇〇万円、同年七月二〇日一〇〇〇万円をそれぞれ貸し渡し、合計五〇〇〇万円の貸金債権を有していた。

(2) 控訴人は、前同様久から、昭和四八年ころ、株式会社東京射撃倶楽部(以下「東京射撃」という。)所有の松戸市千駄堀字小ナラ下六五番地の山林等につき、松戸市に買受けの予定がないのにその予定があり、東京射撃から右土地を買い受け、これを松戸市に転売すれば多額の利益が得られる旨告げられ、東京射撃に売買代金を交付する意思がないのに、その意思があるように装った久に対し、その旨誤信して同年二月一五日から同年一一月二日までの間に一〇回に亘り売買代金名下に合計一億五六二〇万円を交付し、同額の損害を被った。(なお、原告は、その後、東京射撃から右金員に関して一部返済を受けたので、林工務店に対する残損害額は一億〇〇二〇万円である。)

(3) 虎雄は林工務店の代表取締役であったが、林工務店の内外部の業務一切を久に委任し、同人の業務の執行に何ら意を用いず、同人が返済若しくは履行の目途もないのに(1)、(2)のとおりの金員を借り入れて返済せず、若しくは騙取し、その結果控訴人に損害を与える行為を看過したもので、代表取締役として重大な過失による任務懈怠がある。したがって、虎雄は、商法二六六条の三第一項により、控訴人に生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 虎雄は、本件物件を所有するところ、本件物件につき被控訴人のため本件(二)(三)登記がなされている。

(三) 虎雄は本件物件以外に特に資産がなく、資力に乏しい。

(四) よって、控訴人は、虎雄の債権者として虎雄に代位して、被控訴人に対し、本件物件に関する本件(二)(三)登記の抹消登記手続を求める。

2  予備的請求原因

仮に被控訴人が後記三1で主張する抵当権設定契約、代物弁済予約及び代物弁済契約が有効に成立したとしても、

控訴人は、虎雄に対し、主位的請求原因(一)(1)ないし(3)のとおり債権を有し、虎雄は、同(三)のとおり無資力であるところ、虎雄は、控訴会社代表者の親族が別紙第一目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を占有し、また、控訴人ら債権者から本件物件を差し押さえられる危険が生じたため、久と同棲していた田口光子の義兄である被控訴人とあい謀り、控訴人ら債権者を害することを知りながら、前記各契約を締結し、本件各登記を経由したものである。

よって、控訴人は、右各契約を取り消すとともに、被控訴人に対し、虎雄のため本件各登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1  主位的請求原因について

(一) 請求原因(一)のうち、林工務店の専務取締役が久、代表取締役が虎雄であることは認めるが、その余の事実を否認する。

(二) 同(二)、(三)の事実は認める。

2  予備的請求原因について

請求原因前段については、主位的請求原因(一)、(三)に対する認否と同じ。同後段のうち、被控訴人が久と同棲していた田口光子の義兄であること及び被控訴人が本件各登記を経由していることを認めるが、その余の事実を否認する。

三  抗弁

1  主位的請求原因について

久は、昭和四七年八月一四日、被控訴人から偽って被控訴人の印鑑証明書及び委任状を交付させたうえ、被控訴人所有の東京都足立区西新井町一七四五番一の田ほか三筆の土地(以下「西新井の土地」という。)を被控訴人の承諾なく町田商事株式会社(以下「町田商事」という。)に売却し、所有権移転登記(一部は所有権移転請求権仮登記)をしたため、被控訴人は少なくとも金三〇〇〇万円を越える損害を被った。そのため、久の父虎雄は、被控訴人に対し、久が被控訴人に負担する不法行為に基づく損害賠償債務の内三〇〇〇万円の支払を担保するため、虎雄所有の本件物件について抵当権を設定するとともに代物弁済の予約をし、次いで、昭和四九年七月二六日、右予約に基づき本件物件につき、右内金の弁済に代えて被控訴人に所有権の移転をしたものである。

2  予備的請求原因について

(一) 本件抵当権設定契約及び代物弁済予約が締結された当時、本件物件には既に約三〇〇〇万円の先順位の負担が設定されており殆ど無価値であり、また、本件代物弁済がされた当時においても、本件物件は同様無価値であったから、右各契約は詐害行為に当たらない。

(二) 控訴人は、被控訴人が控訴会社代表者の親族である金奎会ほか五名に対し本件建物明渡訴訟を提起した昭和五五年二月六日ころ、或いは、控訴人が本件訴訟を提起した昭和五六年一二月二三日ころには詐害行為がされた事実を知ったから、右の日から二年を経過した時点で控訴人主張の詐害行為取消権は時効により消滅した。被控訴人は昭和六一年一月二九日原審第三〇回口頭弁論期日において右時効を援用した。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

五  再抗弁

仮に被控訴人が抗弁1で主張する代物弁済予約及び代物弁済契約が成立したとしても、右各契約は、本件建物が林工務店の事務所で、かつ、虎雄及び久の居宅であったところ、久が昭和四九年六月ころ林工務店の債権者の追及を恐れて行方不明になったため、予備的請求原因後段のとおりの事情の下に虎雄が被控訴人と通謀してした虚偽の意思表示である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁のうち、予備的請求原因に当たる事実については、これに対する前記認否と同様であり、本件建物が林工務店の事務所並びに虎雄及び久の居宅であったこと、久が行方不明になったことは認めるが、その余の事実を否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  主位的請求について

1  まず、控訴人の虎雄に対する債権の存否について検討する。

(一)  原審において控訴会社代表者は、控訴人は林工務店に対し、主位的請求原因(一)(1)記載のとおり合計五〇〇〇万円を貸し付けた旨供述(第二回)する。しかしながら、金額が多額であるにもかかわらずこれを裏付ける明確な証拠が何ら存在しないうえ、控訴会社代表者は、右供述に先立つ尋問(第一回)において、控訴会社と控訴会社代表者個人とで合計約五〇〇〇万円の貸付けをしている旨右供述とは趣旨を異にする供述をしていること及び《証拠省略》によれば、控訴人は林工務店に対する債権を明確にするため昭和四九年五月二二日債務弁済契約公正証書を作成したが、右公正証書において右貸付けについては何ら言及されていないことが認められることからすると、前記控訴会社代表者の供述(第二回)は直ちに措信することができず、他に右貸付けの事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  《証拠省略》を総合すると、控訴人は、林工務店の専務取締役である久(この点は当事者間に争いがない。)から、昭和四八年ころ、松戸市に買受けの予定があるので東京射撃所有の控訴人主張の山林等を買い受けて同市に転売すれば多額の利益が得られるので協力してほしいと要請され、同年二月から同年一一月までの間に数回にわたり、取引が成就したときは控訴人と林工務店との売買として処理する予定のもとに林工務店に対し合計一億五六二〇万円を交付したが、松戸市には右土地を買い受ける予定はなく、また、東京射撃は林工務店が代金を完済しないため昭和四九年五月二七日林工務店との間の売買契約を解除したことが認められ(る。)《証拠判断省略》したがって、久は控訴人を欺罔して右金員を騙取したものというべきである。

(三)  《証拠省略》によれば、林工務店の代表取締役である虎雄(この点は当事者間に争いがない。)は、同社の創立者で創立以来右地位にあったが、高齢と病弱のため、昭和四〇年ころからは同社の専務取締役である息子の久に会社の内外部業務一切の処理を委任し、久の会社業務の運営に特段の注意、監視をしなかったところ、久は前示のように控訴人から前記金員を騙取し、控訴人に損害を与えたことが認められるから、虎雄は、商法二六六条の三第一項に基づき控訴人に対し控訴人が自認する東京射撃から返還された金員を除く一億〇〇二〇万円の損害賠償義務があるものというべきである。

2  虎雄が本件物件を所有するところ、本件物件につき被控訴人のため本件(二)(三)登記のされていることは、当事者間に争いがない。

3  そこで、右登記の原因である代物弁済予約等の成否(抗弁)について検討する。

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は、義妹田口光子(以下「光子」という。)を通じて知り合った久から、昭和四七年五月ころ、光子の口添えのもとに融資の依頼を受けたため、被控訴人所有の西新井の土地を担保に創開産業株式会社から三〇〇〇万円を借り入れて、これを久に貸与したが、同年八月久から、同道した光子ともども、右三〇〇〇万円の返済期限が迫っているが返済のために銀行から六〇〇〇万円を借り入れなければならないので、改めて銀行に対し右土地を担保提供するための印鑑証明書及び委任状を用意するよう依頼を受け、右各書類を久に交付したところ、久は、同月一四日、右書類を利用して被控訴人の承諾なく右土地を町田商事に売却してその代金を自己の用途に費消し、右各土地について所有権移転登記(一部は所有権移転請求権仮登記)手続をした。被控訴人は同年九月ころこのことを知り、久に対し、その責任を追及したところ、同月末ころ、久は、虎雄の諒解のもとに同人を代理して、とりあえず被控訴人の久に対する右不法行為を原因とする損害賠償債権を一部なりとも担保するため、林工務店の事務所でかつ虎雄及び久の居宅である本件物件につき代物弁済の予約(日付は便宜上久が西新井の土地を売却した同年八月一四日に遡及させた。)をして、同年九月三〇日付で本件(二)登記をし、併せて、同年八月一四日不法行為に基づく損害賠償債権につき同年九月二八日付で、債権額三〇〇〇万円、債務者久、債権者被控訴人とする抵当権を設定し、これを原因として同月三〇日付で別紙第二目録記載(一)の登記をした。

(二)  被控訴人は、同年一〇月町田商事から訴えを提起され、その訴訟において、昭和四九年一二月二五日、被控訴人が同社に和解金八九〇〇万円を支払い、同社は被控訴人との間の前記西新井の土地の売買契約を合意解除して所有権移転登記等の抹消登記手続をすることを骨子とする訴訟上の和解が成立し、被控訴人は兄の足立清一から八九〇〇万円を借り受け(同人は富士銀行本木支店から三九〇〇万円、足立農業協同組合から三〇〇〇万円、全東栄信用組合から二〇〇〇万円を借り入れて右八九〇〇万円を調達した。)、これにより昭和五〇年一月三一日右和解金を支払ったうえ、取り戻した西新井の土地を他に売却して清一に対する右借受金を返済した。

(三)  虎雄は、昭和四九年六月ころには林工務店が多額の負債を抱えて倒産し、控訴会社代表者の親族らが債権の返済を要求して本件建物に居住して居坐わったため、一家が離散する状態に立ち至り、本件物件を確保する意欲を失い、同年七月二六日、被控訴人に対し、前記損害賠償債務の代物弁済として、本件物件を譲渡することとし、同月二七日前記仮登記に基づき本件(三)登記手続をした。《証拠判断省略》

4  進んで、控訴人の通謀虚偽表示の主張(再抗弁)について判断する。

《証拠省略》によれば、本件代物弁済予約及び抵当権設定契約締結当時、田口光子は多数の不動産を所有していたこと及び被控訴人はのちに光子がそれらの不動産の一部を処分した代金中から支払を受けていることが認められるが、前示のとおり被控訴人の西新井の土地にかかる不法行為はあくまでも久の主導のもとになされ、それによる利得も久が得ているのであり、光子は被控訴人の義妹であるが、久は被控訴人と親族関係がないうえ、右各証拠によれば、右不動産の大部分には右契約締結当時高額の担保権が設定されており、また、右弁済は、本件代物弁済契約締結後のことであるのみならず、被控訴人の光子に対する別途債権の弁済として支払われたものであることが認められるから、冒頭認定の事実から直ちに前記被控訴人・虎雄間の契約が通謀虚偽表示であると推認することはできず、他に、控訴人の右主張を支持するに足りる証拠はない。

5  以上によれば、虎雄と被控訴人間には本件抵当権設定契約、代物弁済予約及び代物弁済契約が締結され、それらが虚偽表示によるものということができないから、その余の点につき検討するまでもなく、控訴人の主位的請求は理由がない。

二  予備的請求について

控訴人は、昭和六〇年四月二五日受付の訴え変更の申立書をもって、本件詐害行為取消しの訴えを予備的請求として追加的に変更する申立てをしたところ、被控訴人は、詐害行為取消権につき時効による消滅を主張するので、詐害行為の成否を一まずおき、消滅時効の成否(抗弁)について検討する。

詐害行為取消権は、債務者が詐害行為がなされた事実を知った時から二年間これを行使しないときは消滅時効によって消滅する(民法四二六条)ところ、控訴人は、本訴状の請求原因第二及び昭和五七年四月二七日付準備書面の二において、本件代物弁済予約及び代物弁済契約は虎雄が本件物件を控訴人らより差し押さえられることを恐れ、被控訴人と通謀して締結した虚偽の意思表示である旨主張し、虎雄の一般財産を保全するため虎雄に代位してその各抹消登記手続を求めていることは記録上明らかである。

ところで、通謀虚偽表示自体は、当事者双方の意思表示が真意でないことを要件とするものであり、債権者を害することの認識は当然には含まれないから、その限りでは詐害行為とは別個のものであるが、債務者が複数の債権者に対する債務を負う場合にその執行を回避ないし妨害するためになされることが多く、一方詐害行為は、右の場合に特定の債権者の利益を図ってなされるものではあるが、結果的には他の債権者の執行を妨害することにもなり、両者とも他の債権者の執行を回避ないし妨害する点において共通するものであり、また債務者の財産の処分行為が存在することも共通する。したがって、債務者の右処分行為に対抗するため自己の利益を害されたとする債権者が訴訟を提起する場合には、右両者が併せて主張されることが通例である。本件はまさにこの事例であることは控訴人の主張から明らかである。本件においてはたまたま通謀虚偽表示の主張のみが先行しているが、そこにおいて控訴人は虎雄の前記契約の締結が控訴人の債権の執行を回避ないし妨害する結果を招来するものであり、虎雄がこのことを知りながら締結したことを主張しているのであるから、おのずから、虎雄の右行為が詐害行為に当たることを認識していたものということができる。すなわち控訴人は、遅くとも右準備書面を原審裁判所に提出し受理された昭和五七年四月二七日までには、被控訴人主張の代物弁済予約及び代物弁済契約が成立したとすればそれらが詐害行為に当たることを認識していたものと認められる。また、本件物件の各登記簿謄本が原審の同年三月二三日の口頭弁論期日に既に書証として提出されていることに照らすと、右代物弁済予約と同日付で設定登記手続のなされた本件抵当権設定契約についても、それが成立したとすれば同様詐害行為に当たることを右と同じころまでには認識していたものと推認するのが相当である。したがって、それから二年を経過した、右訴えの変更申立ての時点の前である昭和五九年四月二七日には本件詐害行為取消権は時効によって消滅したものと認めざるをえないので、仮に控訴人が詐害行為取消権を有していたとしても、控訴人の予備的請求はその余の点について検討するまでもなくその理由がない。

三  よって、控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹野達 裁判官 加茂紀久男 河合治夫)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例